スリーピースバンド、SHISHAMOが活動終了した。
活動終了前、2026年6月13,14日に悲願の等々力陸上競技場でのライブが決行された。
「悲願」というは、2018年、2020年と2度も、台風およびコロナのためバンドの結成地、川崎は等々力でのライブが中止となった歴史があるためである。
今回、1日目のライブに会場で参加することができたので、レポートする。(2日目のレポートは多数存在するため割愛)
当日、等々力陸上競技場の最寄り駅、新丸子駅から陸上競技場までは、狭路が続き、ファンの列が途絶えることなくアリのように陸上競技場まで続いた。
普段は閑静な住宅街と見受けるが、混雑のためか会場まで30分ほどかかった。
17時開演であるが混雑のため席は7割程度の埋まり具合。開演前は川崎フロンターレにゆかりのある「天才の種」がかかっていた。
17時10分頃にメンバーが自転車で陸上競技場に向うシーンがスクリーンに映し出された。映像の終わりに、宮崎と松岡が2人乗り自転車で登場し、アリーナ席のまわりを自転車で走る演出があった。
その間は入場規制されるのか、一曲目の「君と夏フェス」中も、観客が急いで来場する状況であった。
そうこうするうちに、客席もようやく満席となり、ライブビューイング会場への挨拶や、また熱中症への気配りを行うMCがあった。また、2度も中止になった経緯があったため、「もう、私たちは等々力でやれないじゃないか」と思ったこともあると話し、今回は開催できて嬉しいですといった内容の話があった。
天気は晴れて、日中は日差しが暑く感じるほどだった。日をもろに受けるサイドのスタンド席の人には「がんばって耐えて」と声かけをしていた。
しかし公演が進み、夕方になると、心地よい風も吹き、過ごしやすかった。夕暮れに「夏の恋人」を聴くことができて、とても風景とマッチしていた。
ちなみに、ボーカル宮崎は歌詞の語彙力は高いが、MCでは、かなり語彙が落ちる。客を心配して「しんどくなったら、出てってください」と、言い方がラストライブでもつっけんどんなところが本当に良かった。「SHISHAMOの活動終了ということはみんなとはお別れです」と3度程きっぱりと発言し、ファンが現実を受け入れがたくなっている雰囲気もあった。後にサポートドラムが「SHISHAMOの音楽は残り続けますからね」とファンの心情までサポートしたところはスーパーサポートドラマーだと感じた。(2日目はもう少しマイルドな言い方になっていた。)
宮崎からファンへの感謝をいろいろな観点から述べる場面もあったが、あまりうまく伝わらないのか「何が言いたいのかというと、ありがとうということ」と、スタジアムの各方向に何度も「ありがとう」と率直に伝えていた。
落涙はしないが、最後までライブを完遂するため、感傷的にならず、ボーカルとして必死に気丈に振る舞っているようにみえた。(松岡は平常通り感極まっていた)
5月30日に大阪METROCKの生配信をみたが、客席から何度もありがとうと声をかけられていて、涙ぐむのを我慢しているようにみえた。
そして、SHISHAMOのライブとしては異例のダブルアンコールで再再登場。宮崎からまさかの「ドラム吉川美冴貴!」のコールが出て、吉川がステージに登場。その日一番の会場のどよめきが生まれた。
体調不良で1年半休息していたことに関しての説明と、戻れると信じてくれたメンバー2人への感謝を述べた。「2人は私の誇りです」と話し、宮崎、松岡が嬉しそうに笑っていた。ファンからはすすり泣く者が大勢出た。
多幸感の中、「明日も」「明日はない」「僕に彼女ができたんだ」を正規メンバー3人で完璧に演奏し、ライブは幕を閉じた。吉川の魂が乗った演奏に感動せざるを得なかった。歌詞の「僕は折れない」「ヒーローに自分重ねて」はすべて吉川の不屈の矜持を歌っているように聴こえた。
「僕に彼女ができたんだ」はSHISHAMOのデビュー曲かつ吉川作詞というところで、最後に演奏する曲としてこれ以上ない楽曲だと感じた。
これも異例だが、終演後、宮崎朝子が観客に向かって何方向にも投げキッスを連発。普段はしないであろうファンサービスを彼女が行うことで本当に終わりなんだと実感した。(2日目は何故か行わず。。照れてしまったか?)
最後はステージで3人で輪になってぐるぐると回っていたが、それは宮崎の愛するバンド、ピーズの武道館ライブのオマージュと後に知った。